ストーリーそのままだとあらすじ解説になってしまうのでキャラクターについて語りたいと思います。
ジャン&ナディア&マリー&キング
ジャンとナディアは、一応ヒロインとそのボーイフレンドなのですが、完全に視聴者視点のキャラ、水先案内人です。彼等が何か目的を持って行動し、それが物語の推進力になるわけではありません。所詮は巻き込まれ型の主人公達です。実質的な主人公は他に居ます。彼等の役目は文字通り視聴者を物語に引き込むことであり、彼等の言動は時代設定の解説でもあります。物語はSFの要素を多分に含んでいるので、オーバーテクノロジーを見て驚愕する役目が要るんですよね。さらにジャンを科学少年と位置づけ、科学技術に対する純粋な夢を語らせる一方で、ヒロインのナディアには人殺しの技術を是としないアンチテーゼを務めさせます。ジャンとナディアはずっと一緒に行動しますが、二人の意見はよく対立します。製作者がテーマとして取り上げたい問題を、少年少女に真っ向から議論させているのです。
マリーは悪役に両親を殺害された幼い女の子です。彼女の存在意義を、最初私は分からなかった。OA当時は、敵の悪逆非道振りを表現するためだけの被害者かと思っていましたがそうでもない。まず第一に、鋼でイズミ師匠が言っていた、「子どもに死を理解させるのは難しい」というもの。ジャンとナディアはマリーに出会って早々にこの難題を突きつけられます。物語の中では人死にが沢山出ます。視聴者がそれに慣れて麻痺してしまわないように、最初に印象的な死を位置づけたのではないでしょうか。鋼だって、トリシャやニーナの死がなければ、これほど命に対する敬意や切なさを表現できなかったと思うのです。
第二に、ナディアのある主義への説得です。実はナディアは菜食主義者です(庵野監督がやはりそうだとか)。「生き物を殺してまで食べるくらいなら死んだ方がマシよ!」と言って譲らないナディアに、ジャンは議論すら受け付けてもらえない。そこで5歳(?)の少女が叫ぶわけですよ。「だってしょうがないじゃない!食べなきゃ私達は死んじゃうのよ!?私は死にたくない!!」。これにはぐうの音も出ない。監督自身の主義主張も述べているけど、ちゃんとその反論も入っているのです。生き物全てが持つ原罪を、幼い女の子に(本能的に)叫ばせた。凄い事じゃないかと思います。
キングはライオンの子どもです。キングは・・・マリーのお守り?色々と小技を出してくれるオイシイキャラです。


